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活動レポート

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白井智子氏講演会~笑顔のがっこう~

2005年02月19日 更新

◎日 時: 2005年2月19日(土) 10:30~12:00

◎場 所:  くまもと県民交流館パレア10F  パレアホール

◎参加費: 社会人 1,500円  学生 1,000円

 

◇白井智子(しらいともこ)氏プロフィール

 

1972年生まれ。4~8歳までを豪・シドニーで過ごす。
東京大学法学部卒業後、松下政経塾に入塾し、教育改革をテーマに国内外の教育現場を調査。訪れた学校で、時にはちょっと大きな小学生になってクラスに潜入したり、研修生として教育委員会で仕事をしたりと、様々な教育現場を研究。
1999年4月、沖縄に開校したフリースクールの立ち上げに参加。2年半校長を務め教育界の注目を集める。

 

現在は大阪府池田市より委託を受け、不登校、引きこもりなど様々な問題を抱える子どものための新しい「がっこう」を設立し、親も子も笑顔にするためのサポート活動を続けている。
著書: 『明日をつかむがっこう』

 

◇事後レポート

 

◆何のための教育なのか?

 

「何のために教育するのか?」「学校教育において最も重視すべき価値は何か?」
今、学校教育の現場において最も大切な問題だと思う。
現在、池田市(行政)と連携した「学校づくり」に取り組まれているが、彼女の学校つくりの背景には自らの実体験による影響が大きいようである。
白井さんは親の仕事の関係で4歳から8歳までをオーストラリアのシドニーで過ごした。オーストラリアでは日本のようにABC等の段階的に学習能力を評価するようなことはなく、他の子と比較をしないというのがスタンスとしてあるらしい。
評価はあくまで各個人レベルで「前期と比べ今期はどのようなところが良くなったのか」といった部分で、周りの親同士も子供の成績表を見せ合い「うちの子は、勉強は出来ないけど丈夫で良い子だから、それで十分よ」と笑いながら話し、決して批判することなく子供たちの良いとこ探しをしている。
そして、オーストラリアの子供たちは「自分の良いとこを見つけて伸ばし、大人になったら自分の能力を活かして、人様の役立つことをしてお金をもらうんだな」と思っているようである。
白井さんは親の転勤で日本の小学校に転校することになるが、当時の、白井さんの通った日本の学校は徹底した管理教育の下、陰湿なイジメもあり個性を摘み取るモデル校のような学校であった。「学校内が暗いイメージで、自分自身不登校になりそうだった」と白井さんは当時を振り返る。
日本の教育の根幹にあったのは「人と比べ人と同じでなくてはいけない、それが良い子の条件」であり、「勉強が出来ない子は幸せになれない」といった考えがまかり通っていた。
日本では勉強が出来ないことだけで否定され、「バカだ、アホだ」と怒鳴られ、明らかに自信を無くして萎縮し、最終的にグレていく子供たちが増えている。
どんな子だって元気が良かったり、笑顔が良かったりと良いとこをたくさん持っているはずなのに大人たちはダメだ、ダメだと子供たちを潰していく。
そんな教育現場を目の当たりにし、非常に不思議で、もったいないと思い、白井さんはどうにかならものかと悩んだ。

 

◆「教育改革」への取り組み

 

白井さんは大学を卒業後、松下政経塾に入塾した。
それぞれに課題をもって研究に取り組まなければならない。諸先輩たちと違って政治や経済ではなく「何のために教育するのか?」、「学校教育において最も重視すべき価値は何か?」と「教育改革」を研究テーマに国内外の教育の現場を調査研究した。

 

◆今、私たちに求められるもの

 

今、子供だけでなく、育児をマニュアルに頼り、うまくいかないと自信を無くしている親も多いようである。何が一番優先なのか?勉強が遅れていることなんて実は大した問題ではないのかもしれない。そんなことより私たちが生きていく上で幸せを感じれるように、夢を持ったり、人とのつながりやコミュニケーションをどう展開していくか等もっと重要なことがあるのだと思う。
今の子供たちの周りにはお手本になる大人が少ないようである。良い事も悪いことも子供は大人のマネをする。ましてや親の影響は大きく、親子関係は大切であってお互い良いとこを見つけて信頼関係を築くことが大事なのである。そのためにも今後、親と学校と地域と一緒になって子供たちをサポートしていく環境づくりが大切だと感じた。

 

最後に、今回実は白井さんはインフルエンザでドクターストップがかかっているにも関わらず私たちのため、子供たちのために遠路熊本まで講演に来ていただいた。 白井さんの教育に対する情熱の深さに改めて頭が下がる思いがした。

 

(文:欽ぱぱ、写真:荒木真吾)

 

その中で、現場でしか学べないことがあるんじゃないかと23歳の時、千葉の小学校に「なりきり入学」した。入学というからには、もちろん生徒としてである。オーストラリアからの転校生と紹介され、生徒たちからは「デカイ、デカイ」と評判になった。担任の先生が「白井さんはオーストラリアでステーキばかり食べていたから、こんなにでかくなったんだよ」とフォローしてもらったこともあったが、不審に思いながらも生徒たちはクラスメートして迎え入れてくれた。
その時の現場経験があったからこそ学校をつくろうと思ったと白井さんは語る。
「子供はいろんなことを知っているけど知らない振りをして大人に合わせてくれているんです。そして不平不満が溜まりキレる子どもたちもいる。そして挙句の果て大人たちは最近の子はおかしいと敵対関係になろうとする」
現場体験で周りに自分を理解してくれる人が一人でもいると子供たちの人生は変わる。
白井さんはそう確信し、学校の先生になろうとしたが、多くの人から白井さんには中々現状の改善が難しい日本の教育現場を中からでなく、外から変えていって欲しいとエールを送られ自分で学校をつくろうと決心したそうである。

 

◆「夢を語りなさい」

 

松下幸之助の「夢があったら人に語りなさい、そうすると自然と情報が集まってきて、応援してくれる人も出てきて夢って自然にかなっていくもんだ」との言葉を胸に全国行脚を開始、すると一ヶ月で沖縄でのフリースクールの立ち上げの話に出会った。
校長にならないかという話はトントン拍子にすすみ、立ち上げ準備と募集を開始し、わずか1年近くで全国から130人の生徒も集まり、スタートとなった。みんなの良いとこ見つけて、伸ばしていく学校であった。
集まった生徒の中には、少年院に行ってた子やイジメを受けていた子も少なくなかった。
みんな口をそろえて「大人は信用出来ない」と言っていた。
そして、何より押し付けが嫌いだった。そこで自分たちで学校のルールを決めさせたが、初日からルールを守る子は一人もおらず地獄絵図のような日々が続いた。
いつしか地元でも不良の集まる学校と噂されるようになった。
白井さんは最初、生徒一人ひとりの言い分を聞くことに専念した。
それも一切こちらから反論することなく、とにかく各人の思いを聞いてみた。
「うん、分かるよ、分かるよ」しっかり話を聞いてくれる白井さんのところには毎日のように話を聞いてもらいたい子供たちの長蛇の列が出来た。みんなが口々にするのは「自分が不幸なのは、親のせいだ、学校せいだ」と周りのせいであるとの訴えばかり。しかし今まで白井さんのように話を聞いてくれた人はおらず、中には涙ながらに自分の不遇を訴える子もいた。よくよく聞いてみると今まで大人にほめられた事が無い子ばかりだったそうだ。みんな本当に自信を無くしていたのである。
その内、段階を見計って、こちらからの意見を言って良いかなと思える子には「でもね、そうやって人のせいにばかりしてたって幸せにはなれないのよ」と切り出す。
「でもね」の切り出しに1日かかる子もいれば、2年3年かかる子もいる。
誰だって悩みを持って壁にぶちあたることはある。それで自分で出来ることから少しづつ変えていく努力をしているのである。誰かに言われたからと止まってしまっては変わらないままなのである。
意識が変わっても習慣を変えることはなかなか難しい。
タバコ吸っていた子に対して白井さんはこう諭す。
「あなたが、タバコを吸ったからと言って、あなたに対する愛情は1ミリも変わらない。私は今もあなたが大好き、非常に良いとこあるのも知っているから。だからこそタバコをやめて欲しいの。それに私はあなたがタバコ吸ってるのを見逃すことは出来ないの、そんなことすれば噂は広まり、学校自体が無くなってしまう。そうなりたくないし、みんなのためにもやめて欲しいの」くる日もくる日も地道な説得が続いていた。
このままでは学校が潰れる。白井さんは悩んだ末、みんなに全てをさらけ出すことにした。
「もう、私一人の力ではどうにもならない。このまま、みんな変わらなければ学校は潰れてしまう」そんな中、子供たちに少しづつ変化がみられてきた。
白井さんは子供たちの変化のきっかけとして3つポイントがあったからと当時を振り返る。
まず1つ目は、押し付けの嫌いな子たちが初めて自分で選んで、周りの反対までも押し切ってまで来た学校だったということ。
2つ目は、今までの学校と違って点数評価ではないことに憧れていたこと。
3つ目は、来てみて楽しいと感じたこと。
みんな自分たちで選んだ学校である。やはり学校が無くなることには抵抗が強かったようだ。元暴走族のリーダーの子を中心に130人がそれぞれに役割をみつけ学校再建のために頑張った。
ピンチをチャンスに変える中で、自分ってどんな人間なんだろう。どうやって生きていけば良いんだろう。どんな才能があって、どんなことを人にやって行けば良いんだろう。各人が気づく良い経験となった。

 

◆目的を持ってマイペースで取り組むことの大切さ

 

ひとそれぞれに自分のペースというものがある。
白井さんがこれまで関わった生徒の中に周りの子のペースについていけず15年、ほとんど学校に行ってなかった子がいた。
ひらがなすら満足に書くことが出来ず、ひらがなが書けないことがどんなに不便なことか本人が一番分かっていることだった。
白井さんの授業で最初は小学1年生のドリルからスタートした。
興味を持って取り組むようになり、すごく吸収は良かった。それから5年ほど経過し大検を受け見事合格した。今、その子はロンドン留学を考えているそうだ。白井さんはこう語る「人は必要性が分かって、目的をもってやればどんなことだって吸収出来るんです。ましてや、ペースは人それぞれで自分のペースでやっていけば良いんです。続けさせやる気にさせていけば、性格だって明るくなるんですよ。授業でみんなの前で黒板に回答させ「合ってます」「間違ってます」なんて人前で間違いを発表させるようなことは、単にその子の自信を無くすだけ。良くなりたくない子は一人もいない。成長したくない子も一人もいない。「俺ってどうなたって良いんだ」あれって実はコンプレックスの裏返しなんですよ。みんなきっかけを求めている。そのためにその子に10も20もきっかけづくりのアプローチをしていき、一つでも当たれば儲けもの。一緒に見つけ一緒に歩いていく。とにかく粘り強くやるだけです。」

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