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活動レポート

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安田菜津紀氏 トークライブ

2009年06月07日 更新

◎日 時: 2009年6月7日(日) 14:00~15:30
◎場 所: ギャラリーキムラ
◎参加人数: 33名

 

◎事後レポート

 

◆内容◆

 

安田菜津紀写真展&トークライブ 

 

今回、再び笑顔の素敵な安田菜津紀ちゃんが、熊本へ写真展&トークライブで来てくれた。菜津紀ちゃんの同企画は、今回2回目である。今回はサプライズで菜津紀ちゃんの上司である安藤さんが、突如タイバンコクからこの日のために強行スケジュールで参加してくれた。安藤さんは、今回の写真展で作品の一部を出展してくれているカメラマンの一人である。今回のライブは安藤さんと菜津紀ちゃんのトーク形式で行われた。

 

菜津紀ちゃんはカンボジアをメインに活動しており、主に子供たちを対象とした写真を撮り続けている。前回の彼女の写真展では、貧しさを感じさせない子供たちの素敵な笑顔があふれていた。

 

しかし、今回の写真展はパラリンピックの選手達が対象である。どうして、今回の写真展は、パラリンピックなのか。
それは、あるヨルダンの女性との出会いがきっかけだそうだ。彼女は、車椅子女子卓球選手マハさん。宗教的文化が濃く、恥を重んじる慣習のあるヨルダンで、彼女はいつも、周りのことなど気にもとめず、通常女性が被っている被り物も着けず、ぷかぷかとタバコを吸っている。それに足が不自由なのをものともせず、車の運転もこなしている。彼女の生き様は堂々としており、現地では開拓者的存在である。

 

菜津紀ちゃんは、そんなマハさんに魅かれ、彼女が行っているスポーツを通じて「メッセージを発信したい」そう思ったそうだ。そのメッセージには、戦争の悲惨さについて、そのまま悲惨な状況を伝えるのでなく、スポーツという健全な媒体を通じて、懸命に頑張っている戦争被害者の姿を伝えたい。そんな思いが込められている。

 

パラリンピックといえば、オリンピックと同時期に開催されるが、オリンピックとパラリンピックの違いについてこんな話があった。オリンピックは、メダル至上主義的な要素が強いが、パラリンピックは選手がスポーツと出会ってからのドラマが凝縮されており、人間を人間として感じられるエモーションに圧倒される。

 

パラリンピックとはイギリスにおいて、もともと第二次世界大戦で負傷した兵士のリハビリをきっかけに始まり、「パラリンピック」という名称を使うようになったのは、実は第二回大会である東京大会が最初だそうである。

 

スポーツの撮影は、高度な技術レベルが求められ、「スポーツで何か伝えることは凄く面白い!」と菜津紀ちゃんは語っていた。また、菜津紀ちゃんの注目するスポーツはパラリンピックに限らず、ホームレスワールドカップというのもあるらしい。カンボジアにもチームがあるそうで、ホームレス、つまりストリートチルドレンが構成メンバーで、平均年齢は17歳。社会復帰を目指して大会が行われ、社会復帰する割合は75%にも及ぶ。ここでもスポーツを通じて貧困問題をテーマに撮っているということだった。

 

途中、カンボジアについての報告もあった。 内戦が続いているサマリは、土地の売買が横行し、土無し住民が増加。衛生面も劣悪な状況にある。 援助で学校を作っても学校の数より先生の数が少なく、学校教育は満足に行われていない。
学校の先生地位は高いが給料が低いため、生活費を稼ぐために授業の合間に子供たちへお菓子を売っているそうである。また、プノンペンには、強制退去地域というのがあり、HIV患者が一角に集められている。 彼らの家は緑色に塗られ、軟禁状態にあるそうだ。

 

いろんな現状について、「知らないよりは知っていたほうが良い」と菜津紀ちゃんは語る。
彼女は、前回のトークライブの時も話してくれたが、「家族って何だろう」と思っていた中学の時に、カンボジアへの現地派遣プログラムに出会った。そして、現地へ行って路上生活している子供たちとの出会いにより、「命の重み」を感じ、堂々と生きていきたいと思った。

 

そして、このカンボジアの現状をもっと多くの人たちへ伝えるため、何が出来るのか自分なりの手段を考えていた。そんな時、彼女は一枚の写真と出会う。アンゴラでの写真で、お母さんのおっぱいに吸い付く子の写真。菜津紀ちゃんは「そのお母さんの目」に魅かれたそうだ。

 

しばらくして、偶然にも菜津紀ちゃんは、この写真をとった写真家と出会うことができた。
その写真家は、子供たちの写真を撮る場合、1週間は写真を撮らずに子どもたちと一緒に遊びコミュニケーションをとっていた。この時、これがあの魅かれた写真の原点なんだと思ったそうだ。

 

菜津紀ちゃんは現地入りする前、事前に勉強していくが、現地では事前に学んだ知識をあえてリセットして写真を撮るように心掛けている。何故かというと、知識があると先入観が先行して視野が狭くなるからだそうだ。

 

戦争で貧しい国だからといって、菜津紀ちゃんの写真は、お涙頂だい的な辛い悲壮的な思いや、戦争への怒りを感じさせるような写真ではない。
「人は愛する人の笑顔を見ながら生きていける」彼女はこう語る。
何気ない日常の場面
昔懐かしい写真
人間の温かさが伝わる写真
彼女の写真は誰もが自分の原風景を思い起こし、素直に受入れることの出来る。
そんな作品ばかりである。

 

最後の方、彼女はこう語っていた。
カンボジアは原点であり、恩返しをしたい。そんな思いを胸に秘め、今後の活動において自分の「軸」をつくっていきたい!「命の重み」をテーマとした彼女の写真は、これからも、いつも明るく、彼女の写真を見る人に希望と感動を与え続けてくれるだろう。

 

イベントの最後には、今回の写真展のモデルとなっていた熊日バスケ選手浦本さんに駆けつけていただき、菜津紀ちゃんから直接写真の贈呈があった。

 

今回も菜津紀ちゃんと安藤さんの興味深い話しを多くの参加者に聞いてもらえ、盛況に終わることが出来たイベントであった。
( きんぱぱ)

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